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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1492号 判決

控訴人 宝満鉱業株式会社 外一名

被控訴人 佐藤国助

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人等は合同して被控訴人に対し金九万五千九百九十円及びこれに対する昭和三十年八月一日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払はねばならぬ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分してその一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張竝に証拠の提出、援用、認否は、左に記載する外は、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

被控訴代理人の主張。

「本件手形が、控訴人等の主張するとおりの旧手形の書替手形であること、右旧手形は控訴人等の主張するとおりの割引目的のために授受されたものであるが、被控訴人は控訴会社に対して割引金九万円を交付したに止まり、その余の割引金を交付しなかつたことはこれを認めるが、被控訴人等のその余の主張はこれを争う。被控訴人は、控訴会社に対して有する貸金債権金九万円を以て、前記手形割引の残金債務と相殺し、よつて控訴会社はもはやその残金の交付を受くべき請求権を有しないから、控訴人等の抗弁は失当である。但し被控訴人が右相殺に供した貸金債権の発生日時、弁済期等の債権の内容、右相殺の日時、方法等は、被控訴人佐藤国助の死亡により調査不能となつたから、これを釈明することができない。」〈証拠省略〉

理由

控訴人滝口が昭和三十年六月十四日に、控訴会社を受取人として本件約束手形一通を振出し、控訴会社は支払拒絶証書の作成義務を免除してこれを被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人において支払期日に呈示したが、支払拒絶となつたこと、本件手形は、控訴人滝口が昭和三十年三月二十五日支払期日を同年六月十日と定めた外は、本件手形と同様の記載事項を定めて振出し、控訴会社においてこれを被控訴人に裏書譲渡した旧手形の書替手形として振出されたものであること、控訴会社が右旧手形を被控訴人に裏書譲渡したのは、被控訴人より日歩金二銭六厘の定めで割引を受けるためであつたところ、被控訴人は控訴会社に対して右割引金の内金九万円を交付したにとどまり、残金の交付をしなかつたことは当事者間に争がなく、原審証人林正信、原審、当審証人先川充の証言によると、左記の事実を認めることができる。即ち、控訴人等は右残金の交付について被控訴人と交渉したところ、被控訴人は、控訴人等において前記旧手形の書替手形を差入れるなれば、残金を交付する旨を言明したので、控訴人等はこれを信じて本件手形を交付した。然るに被控訴人は、右手形の交付を受けるやにわかに態度を豹変して、右割引残金は、被控訴人が控訴人等に対して有する金九万円の貸金債権と相殺したと称して、そのまゝ本件手形を取込んで返還しない。以上の事実を認定し得るのであつて、他に右の認定を覆すに足る証拠はない。

ところで被控人は右に認定したように、手形割引金の残金九万円の債務は相殺によつて消滅し、よつて被控訴人はこれを交付することなくして、本件手形金全額の請求をなし得るものゝように主張するけれども、手形割引なるものは、通常は手形割引をなす者が、手形金額より割引の歩合、日数に応じる金額を控除した金額を、手形振出人またはその所持人に交付して該手形を買取ることによつてなされる手形の現実売買であると解すべきであるから、他に特段の約定が存しない限りは、手形割引人は割引金額を相手方に交付することによつて始めて手形上完全な権利を取得し得るのであつて、これに先だつて割引金を相手方に交付すべき債権債務の関係なるものは当事者間に発生する余地がなく、従つてこれを相殺によつて消滅せしめることもまた通常はなし得ないところであるというべきであつて、本件における全資料によるも、これを反対に解すべき特段の事由は認められない。のみならず、被控訴人は、その相殺をなした日時、方法を明確に主張するところがないのであるが、仮に、これを裁判上または裁判外における相殺権の行使を主張するものと解するなれば、その自働債権の発生日時、弁済期等を明確にするところがない右相殺の主張は、それ自体失当であるという外はなく、またこれを裁判外における合意相殺を主張するものと解しても、かゝる特段の合意がなされた事実を認め得る証拠はない。

してみると本件手形は、結局被控訴人が控訴人等を欺罔して、これを騙取した関係に帰するのであるが、控訴人等は右手形行為の取消については何等これを主張するところがなく、却つて旧手形に基いて交付を受けた金九万円とこれに対する旧手形の振出日たる昭和三十年三月二十五日以降本件手形の支払期日たる昭和三十年七月三十日まで日歩金二銭六厘の割合による割引歩合金五千九百九十円との合計金九万五千九百九十円の支払義務があることを自認する本件においては、被控訴人は、控訴人等に対して右金額の限度においては本件手形金の支払を求め得るものとしなければならぬけれども、右の範囲を超える部分について、被控訴人はその実質的な権利を有しない旨の控訴人等の抗弁は、いはゆる一般的悪意の抗弁として、手形上の権利行使を妨げ得るものであつて、被控訴人はその請求権を有しないものとしなければならぬ。

よつて控訴人等に対して、金十八万円及びこれに対する昭和三十年八月一日から右完済に至るまで年六分の割合による金員の合同支払を求める被控訴人の本訴請求は、前記金九万五千九百九十円及びこれに対する昭和三十年八月一日から右完済に至るまで年六分の割合による金員の合同支払を求める限度においては、これを認容すべく、そのこれを超える範囲においては理由がないものとしてこれを棄却すべく、これと異る原判決は右のとおりこれを変更しなければならぬ。よつて民訴法第三八六条、第九六条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 河野春吉 本井巽)

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